TOP >ニコラス・ファンドーリンのシリーズ >F.M.
ニコラスが、ドストエフスキーの「罪と罰」の未発表原稿を探す物語。題名の「F.M.」というのは、「フョードル・ミハイロヴィチ」すなわちドストエフスキーのことです。
ちなみに、各章のタイトルもすべて頭文字が「F M」になるようになっています。なかには、「Fukai Mori=深い森」という日本語まであったりする。
主人公のニコラスが、たまたま入手した原稿の一部が発端になって、またもや命にかかわる大事件に巻き込まれます。
本物の「罪と罰」は、主人公のインテリ青年ラスコーリニコフが、「偉大な人間は愚民をぶっ殺してもよい」というアホな理屈で高利貸しの老婆と妹を殺し、結果として罪の意識に苦しみ、純真な娘ソーニャとの出会いによって、罪を告白する、という話です。
一方、この作品で出てくる「未発表原稿」は、”当初「罪と罰」は推理小説として書かれ、主人公の予審判事ポルフィーリイが、連続殺人の容疑者ラスコーリニコフを追いつめる話だった”という設定になっております。
「未発表原稿」は4つに分かれて散逸しており、見つかるたびに、それぞれの内容が挿入されています。小説の中に、もうひとつの小説が入れ子になっている、というしくみ。
なお「罪と罰」の原稿部分は、おそらくドストエフスキーの文体をまねていると思われますが、よくわかりまへん。
ニコラス以外の登場人物たち。
アルティン・ママエヴァ | ニコラスの妻。エロ雑誌の編集長をやめて、今は女性向けスポーツカー雑誌の編集長。ピアノ教師と浮気している疑惑あり。 |
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ワーリャ | ニコラスの秘書。美形の若者で女装していたのが、ついに手術で女性になったそうです。 |
サーシャ | 18歳の不幸な娘。おかしくなった父や病気の弟を助けるため、ドストエフスキーの未発表原稿を探す。 |
モローゾフ | サーシャの父。ドストエフスキーの研究家。発見したドストエフスキーの未発表原稿をルレートに奪われ、殴られたショックで頭がおかしくなった。 |
ジーツ・コロヴィン | 脳医学の権威。モローゾフの症状を治療かつ研究している。尼僧ペラギヤのシリーズ第二巻「ペラギヤと黒い修道士」に出てきた、ドナート・コロヴィンの子孫と思われます。 |
シブーハ | 国会議員。ジーツ・コロヴィンの脳科学研究所を後援している。 |
オレーグ | シブーハの子供。脳医学の治療を受けている。 |
イーゴリ | シブーハのボディーガード。 |
ルレート | 麻薬中毒の若者。ルレートというのは、ロールケーキみたいに巻いた料理のことだそうで、本名ではありません。 |
モルグノヴァ | ドストエフスキーの原稿の鑑定家。感じの悪い婆さん。 |
ルズガエフ | 古文書収集業のおっさん。 |
マルファ・ザッヘル | 出版や古文書売買を手がけるおばさん。 |
ポルフィーリイ・ペトローヴィチ | 予審判事。容疑者のラスコーリニコフを追いつめる。本物の「罪と罰」でも重要な登場人物ですが、この未発表原稿では、主人公になっている。 |
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ラスコーリニコフ | 本物の「罪と罰」の主人公。ナポレオンのように優秀な人間は、大義のため凡人を殺してもかまわない、という思想を持っている。勉強しすぎでおかしくなったイタイ奴ですな。苗字のもとになったラスコーリニキというのは、ロシア正教の異端派のことです。 |
ザミョートフ | 警察の書記官。ポルフィーリイの部下として働く。 |
リザヴェータ | 殺された金貸し老婆アリョーナの妹。本物の「罪と罰」では、老婆と一緒にラスコーリニコフに殺されるが、この未発表原稿では生きていた、という設定になっている。 |
ラズミーヒン | ラスコーリニコフの友人。 |
ドゥーニャ | ラスコーリニコフの妹。 |
ルージン | ドゥーニャに求婚したおっさん。金持ちだがいやな奴。 |
ソーニャ・マルメラードワ | 極貧の一家を支えるため、いかがわしい職業についた乙女。本物の「罪と罰」のヒロイン。 |
スヴィドリガイロフ | ドゥーニャに言い寄る地主。本物の「罪と罰」では、主人公ラスコーリニコフの分身的な存在らしい。 |
ネタバレにならない程度に解説。この作品は日本語訳が出ていませんが、英訳があるので、結末はそちらでご確認ください。
麻薬中毒のルレートは、強奪した古文書を、ニコラスに売り込みに来る。盗品と知らないニコラスは、それがドストエフスキーの「罪と罰」の未発表バージョンであると気づく。
読んでみると、本物の「罪と罰」と違い、予審判事のポルフィーリイが主人公になっている。原稿は途中までしか無く、ニコラスは残りを探すとともに、専門家のモルグノヴァに鑑定を依頼する。
モルグノヴァは、原稿は本物であると判定。その帰り道で、ニコラスは薄幸の少女サーシャに出会う。
実はサーシャは、原稿の発見者モローゾフの娘だった。病気の弟イリューシャの手術代を得るため、原稿を取り戻したいという。
サーシャと共にニコラスは、モローゾフのいる病院へ向かう。モローゾフは、ルレートに殴られたショックやらなんやらで、完全におかしくなっている。ニコラスは、残りの原稿のありかを何とか聞き出そうとする。
モローゾフは変な謎かけでヒントを出す。ニコラスは何とか謎を解き、いろいろあって、他の原稿のありかをつきとめる。
そんな中、病院で、医者のジーツ・コロヴィンやら、議員のシブーハと息子のオレーグやら、あやしい人物たちに出会う。
結局、シブーハも原稿を探していたことが明らかになる。彼の援助もあって、ニコラスは第二・第三の原稿を見つける。
先を読んでみると、本物の「罪と罰」とストーリーが違って、次々に殺人事件が発生し、ポルフィーリイはラスコーリニコフを追いつめて行く。続きが気になるニコラスは、最後の第四の原稿を探す。
一方で、鑑定家のモルグノヴァをはじめ、原稿に関わった人間が、次々に変死する。ニコラスはシブーハを疑うが、彼のボディーガードで失踪したイーゴリが怪しい、という話になる。
イーゴリと接触したニコラスは、結局、医者のジーツ・コロヴィンが黒幕だと判断。彼の病院に、秘書のワーリャと潜入する。
コロヴィンは、殺人犯は自分ではないという。しかし、何かを知っている様子。彼の書斎に飾られた写真を見たニコラスは、ふと、ある恐ろしい事実に気付く…。
そこから話が急展開して、ついに黒幕と対決。最後の原稿を入手する。
原稿のラストで、ポルフィーリイは、ついに犯人を追いつめる。犯人は、やはりラスコーリニコフなのか?そして、連続殺人の目的とは…?
参考画像など。
ロシアが生んだ、世界最高の文豪フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー。個人的には、「罪と罰」より「カラマーゾフの兄弟」の方が好きです。 | |
ドストエフスキー直筆の「罪と罰」の別バージョン原稿。もちろん本物ではありませんが。よくできてますねー。 |
この小説には、巻末に結構な分量の注釈がついています。歴史上の人物や用語についての説明だけでなく、「このシーンは、実際はこうだった」など、小説の本文だけでは分からない裏事情も解説されています。
アクーニン氏の説明によると、全ての伏線を明らかにしようとすると小説が冗長になるので、巻末付録にした、ということのようです。いつもながら、いろいろ斬新な試みが盛り込まれていますねー。