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時は世紀末の1900年・モスクワ。世間を騒がせる、自殺者の秘密クラブ「死の恋人」にファンドーリンが潜入します。
第九巻「死の恋人(男)」とペアになっています。原タイトルは「リュボーヴニツァ・スメルチ(第八巻)」「リュボーヴニク・スメルチ(第九巻)」で、それぞれ「死の恋人(の女性)」「死の恋人(の男性)」という意味です。日本語では「恋人」という単語に男女の区別がないので、シンプルな翻訳になりませんね。
物語は、主人公のコロンビーナを中心に(彼女の妄想まじりの日記を引用しながら)展開しますが、各章の冒頭に、新聞「モスクワ報知(モスコーフスキイ・クリエール)」の記事と、警察のエージェント"Z.Z"による、上官への報告書が挿入されています。単調な記述になるのを避けるための工夫でしょうか。
第二巻「レヴィアタン」日本語版の解説によれば、本作は「デカダン風推理小説」なのだそうです。謎の自殺クラブ、霊媒の少女と神秘的な儀式、などなど、まさに世紀末デカダンの香りにあふれていますね。
ファンドーリンとマサ以外の登場人物たち。
コロンビーナ(マーシャ・ミロノバ) | シベリアのイルクーツクから出てきた、感受性の強すぎる21歳の乙女。夢見る詩人を気取っている。赤毛のアンを思わせます。コロンビーナというのは、イタリアの喜劇に出てくる、道化師の彼女だそうな。 |
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ケルビーノ(ペーチャ) | コロンビーナと知り合いの青年。コロンビーナを自殺志願者の秘密クラブ「死の恋人」に紹介する。名前は、モーツァルトのオペラ「フィガロの結婚」の登場人物ですと。 |
プロスぺロー | 自殺クラブ「死の恋人」のリーダー。 |
オフェーリヤ | 死者の霊と交信できる、イタコみたいな少女。「死の恋人」のメンバーに、次に誰が死ぬべきかお告げする。 |
ゲンジ | ダンディーな紳士。名前は、「日本の貴公子」からとったそうで、光源氏のことですね。黒髪だがこめかみだけ白髪で…つまりこの人の正体はファンドーリン。 |
アバドン | 不細工な貧乏学生。アバドンは、ヨハネの黙示録に出てくる奈落の王だそうな。 |
カリバン | プロスぺローに心酔するメンバー。「プロスぺロー」も「カリバン」も、シェークスピアの「テンペスト」の登場人物なんだそうです。元船乗りの会計士で、マッチョな巨漢。 |
リヴィーツァ・エクスターザ | 名前は「エクスタシーの雌ライオン」という意味?正体は高名な女流詩人ローレリヤ・ルビンシュテイン。 |
ガラーツィイ | 詩の下手な医師。ガラーツィイというのは、ハムレットに出てくるホレイショーのことらしい。 |
グドレフスキー | この人だけは、なぜか本名。詩についてうるさい青年。 |
ギリデンステルンとローゼンクランツ | 双子のドイツ青年。名前の由来は、「ハムレット」の登場人物ローゼンクランツとギルデンスターン。 |
シラノ | 名前は鼻のでかいフランスの騎士シラノ・ド・ベルジュラックから。 |
スタホヴィッチ | アバドンの隣人の画家。 |
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セラフィマ・ハリトーニエブナ | オフェーリヤの母。 |
リュツィフェル | 人物じゃないですが。コロンビーナのペットの小ヘビ。名前は「ルシファー」のことです。 |
ラヴル・ジェマイロ | 新聞「モスクワ報知」の記者。「死の恋人」の追跡レポートを連載している。 |
ベシコフ中佐 | エージェントの「Z.Z」から、「死の恋人」について報告を受けている、憲兵隊の将校。 |
ネタバレにならない程度に解説。この作品は日本語訳が出ていませんが、英訳があるので、結末はそちらでご確認ください。
モスクワで、人々が突然自殺する事件が連続して発生。しかも、みな死の直前に、不可解な詩を残している。新聞「モスクワ報知」は、背後に自殺志願者の秘密クラブ「死の恋人」が関与している、と報じる。
一方、夢見がちな娘マーシャ(コロンビーナ)は、イルクーツクからモスクワに上京する。勝手に恋人扱いしたペーチャに連絡をとり、彼の紹介で「死の恋人」の会合に出席する。
「死の恋人」の会長プロスぺローは、怪しい魔術を使う謎の男。会員たちは、彼にそれぞれの詩を発表する。コロンビーナも詩を発表し、入会を許される。
謎の霊媒少女オフェーリヤは、死者の霊と交信する。死んだ会員の霊が彼女に乗り移り、次に自殺すべき者として、アバドンを指名する。
コロンビーナはプロスぺローに心を奪われる。そんな中、「死の恋人」の新たな会員として、謎のダンディー紳士ゲンジが現れる。
新参者なのにゲンジは勝手に仕切りだし、オフェーリヤにアバドンの霊を呼ばせる。オフェーリヤはトランス状態になり、その後、行方不明になってしまう。
今度は、自殺すべきメンバーをルーレットで選ぶことになる。当然、賭けに絶対負けないファンドーリン=ゲンジが選ばれる。その結果、プロスぺローの秘密が明らかになる。
死に魅入られた会員たちは、何でもないことを「お告げ」だと思い込み、死にたがる。誰が「死に選ばれた者」なのか、ローレリヤやグドレフスキー、カリバンが争う。
ゲンジとの交流によって、コロンビーナもだんだん目が覚めてくる。彼女の危機を救ったゲンジは、ついに「死の恋人」を解散させる。
事件は解決したと思われ、ファンドーリンは自動車でヨーロッパ横断の冒険にでかける。しかし、コロンビーナのもとに、不思議な「死からのお告げ」が現れて…。
アクーニン作品でおなじみの、画家イーゴリ・サク―ロフ氏による挿絵がついています。
プロスぺロー邸に集まった「死の恋人」のメンバーたち。 手前に座っているのがプロスぺロー。真ん中がコロンビーナで、ヒッピーみたいな変な格好をしています。右は巨漢のカリバン。左は人気の詩人ローレリヤ。 | |
神秘的な、自殺クラブの会長プロスぺロー。 | |
元船乗りのカリバン。ひどい詩を作るが、プロスぺローには気に入られている。 | |
謎の紳士ゲンジ。突然ロシアンルーレットをやって、プロスぺローを驚かせる。 | |
イタコのオフェーリヤを使って、霊と交信するメンバーたち。下の写真は、右がオフェーリヤで、左がアバドン。 | |
コロンビーナのもとに、死の使いがやって来る。間一髪で、助けるゲンジ。 | |
スラブ主義のデモ隊と遭遇した、コロンビーナとゲンジ。ゲンジは、自殺志願のコロンビーナに、人生の素晴らしさを教えようとする。 | |
双子のドイツ人、ギリデンステルンとローゼンクランツ。 |
前作の第七巻「戴冠式」での事件以来、4年ほどモスクワを離れていたファンドーリン。
おたずね者のような存在になったわけですが、住まいは第五巻に出てきたスモリヤニノフの家を借りているようです。(当のスモリヤニノフは、中国への遠征に従軍していて留守。これは義和団の乱に対する出兵ですね)
で、ファンドーリンがコロンビーナに新聞を読んで聴かせるこんなシーンが。
「では、北極については?非常に興味深い記事ですよ。
"シベリア犬のそりで北極点到達を目指していたアブルッツィ公リュドヴィコ王子は、スピッツベルゲンへの退却を余儀なくされた。… 相次ぐ地球上の極点到達の失敗は、高名な航海者ヨハネッセン大尉をして、新たなプロジェクトを企図せしめた。… ヨハネッセンは、彼の尋常ならざる探検の準備は、他ならぬ、王位継承者オラフ王子の妃クセニヤ王女の支援がある、と語った…。"」
ここでゲンジはどういうわけか溜息をついたが、一方コロンビーナは、あくびをするかのように、手で口をおおった。
というわけで、第七巻でうっかりファンドーリンと駆け落ちしそうになったクセニヤ大公女のその後について、ちょい出しされているのでした。