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歴史書の5冊目。一巻まるごと、ピョートル大帝の生涯と治世にあてられております。
ピョートル大帝といえば、ロシアをヨーロッパ列強の一角に押し上げ、海軍を整備し、新たな帝都サンクト・ペテルブルグを建設した人物。旧来のロシアを西欧風に変革しようと、伝統の長いヒゲを禁止したり、いろいろやっております。
ツァーリだけではなく、正式にインペラートル=皇帝という称号を初めて使ったのも、ピョートル大帝。これにより、ロシア帝国が正式に誕生したような感じなのであります。
宿敵スウェーデンを打ち破ってバルト海の支配を確立したり、いろいろな政府機構を改革したり。全部が成功したわけではないが、それまでのパッとしないツァーリと比べて業績多数で、ロシアでもヴェリーキイ=「偉大なる」とたたえられている人物なのですね。
アクーニン氏によると、ピョートルの治世によって、ロシアは「軍事的帝国」として再構成された、ということだそうです。近代化の道を進み始めたヨーロッパ諸国に対し、中央集権すぎるロシアは、皇帝の意思と軍事が優先されすぎて、いまいち庶民の啓蒙が進まなかった、ということらしい。
絵画で見るロシアの歴史。
ピョートル大帝の肖像画。身長は2メートル以上あり、怪力だったそうです。親父のアレクセイ・ミハイロヴィチは虚弱だったらしいが、誰の遺伝ですかね。 | |
海軍好きのピョートルが黒海への進出を目指した、アゾフの戦い。 | |
ピョートルに逆らって皇位継承権をはく奪された、息子のアレクセイ。強い親父と、虚弱な息子。なかなか分かりあえませんね。 | |
ピョートルの好敵手、スウェーデン王カール12世。戦いに超強かったが、危険をかえりみずに突っ込みすぎて、足を負傷中。後ろにいる人はコサック隊長のイワン・マゼーパ。 |